影おくり 03
「わたし、ハンター試験について何も知らないんだけど。ってか、ぶっちゃけるとハンター自体たいして知ってないし」 ころんと、キルアのベッドの上に転がって占領してやる。背中に感じる硬いスプリングの感触に、ああ家じゃないんだなぁ、なんて実感した。 「んー、オレも大したこと知ってるわけじゃねぇけどな。 ハンター試験っていうのは、めっちゃ難関らしい。その分、ハンターライセンスの効力っていうのは凄いらしいぜ。公的施設の95%がタダで使えるとか、外国で無期限滞在できたりとかさ」 「ふぅん」 ハンターがそんな大したものだったなんて、は知らなかった。別に特に興味はそそられないが、公的施設が無料で使用出来るようになるというのはおいしい。とりあえず、ハンターライセンスさえ持っていれば、宿無しということにはならないだろう。ハンターにも、ハンター試験にも価値を見出せないが、ハンターライセンスに付与される特典は魅力的だった。 それに、超難関の試験というのはどんな内容なのだろうか? 好奇心をそそられる。 もっとも、それは新作のゲームを心待ちにする程度の好奇心だった。 ゾルディック家の人間として過酷な訓練を受けてきた達にとって、ハンター試験が一般的に言われているほど困難ではないだろう。こっちは、生まれてこの方から、立派な人殺しになる術を叩き込まれてきたのだ。 「難関ねぇ? 難しいのかしら」 「……さぁ? ハンター試験って大勢受けるらしいから、雑魚も多いだろうしな。あんま簡単だと、つまんないよな」 にやりと、人の悪い笑みを浮かべたキルアに、弟が己と同じ考えをしていることを知った。 求めているのはきわどいスリル。 ハンター試験というのは、自分達にスリルを味合わせてくれるだろうか。 少しずつ興味が湧いてきた。ハンター試験に真剣に取り組むのもいいかも知れない。 「場所は?」 「ザバン市ってとこ。大まかな場所しか明かされないみたいだな。自力で辿り着くのも試験のうちってとこなんだろ」 「じゃ、まず試験会場に着かなきゃ」 一般人からみれば超難関であっても、自分達はゾルディック。多分、それほど難しくはないだろう。ただ、情報収集に関しては、大した技量を持っていないのは自覚しているので、最大の難関はむしろ試験会場につくことかも知れない。 (こんなんだったら、ミル兄さんにもっと教わっておけば良かった) 後悔、先に立たず。古人は上手いこと言ったものだ。 長兄とは違った意味で苦手な次兄に教わるのが嫌だったのと、は情報収集や情報操作という裏方作業よりも実践を好んでいた為、ミルキよりも格段に情報を収集し、選別し、操作することが苦手だった。 女性の暗殺者は少なくない。仕事の内容によっては女であることが有利になることは多かったし、大概の暗殺依頼というのは速やかに、かつ、人知れず行うものだからである。そういう仕事に関しては、男女の差はあまり大きくない。しかし、ゾルディック家唯一の娘であるに、父親はキルアとは異なる意味で甘かった。女であることから、に実戦部隊としてよりも情報・撹乱・開発に長けて欲しかったようなのである。はそれが嫌だった。 半身であるキルアが、身を危険に晒して仕事をこなしているのに自分ひとりだけ裏方に在ることに耐えられなかったのだ。 暗殺者としての資質がなければ、裏方に回されていただろうが、は女ながらキルアに張る才能があった。才能があろうとも、適材適所が出来なければ無能と同じだ。父もまたゾルディック家の当主として、稀代の暗殺者として、の才を磨かず朽ちさせる気にはなれなかったと言っていた。 キルアと同じ訓練を受けたの実力は、キルアに劣るものではない。 つまるところ、情報戦においてはキルアと共に大した戦力にならないということだ。 「で、すぐにザバン市に向かうの?」 「いや、ザバン市への直行便はないんだ。……船も、飛行船も、鉄道もな」 「えぇーっ? うそでしょ? そんな小さな町なのっ!?」 直行便もないようなど田舎で試験が行われるのだろうかと、げんなりとした気分になる。 田舎もそう悪いものじゃないのかも知れないが、それなりの都市部に住んで、簡単に甘いものや服やゲームが手に入る環境だったため、田舎に良い印象がない。 「ちがう。別に大きくはないけど、小さくない町なんだ。だけど、今年の11月から1月まで直行便はない。その代わり、色んなとこを回ってる迂回路はある」 しばらくキルアの言葉を咀嚼してみる。 期間限定で直行便がなくなり、そして、代わりに色んな場所で止まる迂回船はある、と。 ゾルディック家もお金には不自由していない身だが、ハンター協会の富豪ぶりには呆れてしまった。 「お金があるのは本当みたいね、ハンター協会って」 ハンター試験のために、ザバン市をまるごと貸切にしたのだろう。一般的な公共機関を買占めて、ハンター試験の期間中、簡単にはザバン市に入ることが出来ないようにする。そこまで回りくどい手を使うということは、 「そこまでに行くことも、試験の前哨戦ってわけね」 「多分な」 「どうするつもり?」 「まずがアガキ市に向かって、そこからザバン市に向かう飛行船に乗るつもりだ」 「分かった。到着は11時だったよね?」 「ああ」 「じゃあ、10時半に、デッキで待ち合わせね」 初めての行動に身体よりも精神が疲弊している。明日は早くはないが、この先何が起こるが予想もつかない。部屋に戻って、早めに体力を回復しておいたほうがいいだろう。何より、そろそろベッドが恋しい。このまま寝転がっていると、ここで眠ってしまいそうだった。 気合を入れて腹筋だけで上半身を持ち上げると、その反動のままに床に足をついて起き上る。 同じように立ち上がったキルアに身を寄せて、「おやすみ」といつものように頬にキスをした。 キルアもの頬にキスをする。 眠る前の習慣となったあいさつ。交わす相手がキルアだけだということに、は淋しさを覚えた。母も、兄も、弟も、父もいないのだ。 (みんな、おやすみなさい) 心の中だけで呟いて、は自分の個室へと向かった。 2007/05/23
ゾル家の習慣を捏造しました(笑)挨拶のちゅーを普通にする家族。 |