影おくり 02
取りあえず、町まで降りてキルアが予約していた飛行船のチケットを買うと、すぐに飛行船に飛び乗った。 ぐずぐずしていたら執事達に追い付かれてしまう恐れもあるうえ、いつ何時、父と長兄が帰ってくるか分からない。あの二人に出られては、確実に逃げることは敵わないだろう。一刻も早く、デントラ地区を出る必要があった。 はチケットを予約をしていなかったから、空きがあったのは幸運の賜物だった。無ければチケットを盗むか、密航するか、どちらかを選択するはめになっていただろう。 暗殺者としてそれこそ数え切れないほどの犯罪を犯してきたが、仕事以外で罪を犯すことは気が咎める。幼い頃から徹底的に刷り込まれた鉄則―――金にならない犯罪はしない、が脳裏を掠めた。 ゾルディック家は殺人鬼というよりも、プロフェッショナルな暗殺集団だ。血縁のみで組織された少数精鋭の技術者。提供する技術が、「暗殺」というだけのこと。だからは、ゾルディック家を語るときに「殺人鬼」という呼称が使われることに違和感を覚える。ゾルディック家に殺人に快楽を感じる者はいない。 仕事だからこそ、人を殺めることや犯罪に快楽を見出してはならない。血に酔えば、冷徹な目が失われる恐れがあるからだ。代々引き継がれてきたゾルディック家の鉄則だ。 (ま、他に術がなければ何でもするけどね) 犯罪だろうが、殺しだろうが。目的の為ならば、鉄則を捻じ曲げることも厭わないつもりだった。 キルアに宛がわれた個室のベッドの上に乗り上がって、バックの中身を確認する。数着の着替え、インラインスケート、ケータイ、それほど豊かではない財布と、保存食(お菓子)だけだ。 すぐに飢えるほど少ないわけではなくとも、せいぜい数ヶ月程度しか持たない手持ち金では心許ない気がする。 椅子に座って、備え付けのテレビを観ているキルアも、きっと大して持っていないに違いない。以上に、キルアは浪費家だ。 「キル、お金どれくらい持ってる?」 「あー? ……そんな持ってねーよ。せいぜい10万ジェニーくらいだな」 「馬鹿じゃないの!! そんなんのすぐに無くなっちゃうじゃない! どうするつもり? 子どもを雇ってくれるとこなんて少ないのよ」 くるりと椅子を回してこちらを向いたキルアに、は呆れてしまう。 家を出た以上、キルアが裏家業に就くつもりはないだろう。しかし、そこらの傭兵などより強いといっても、外見は子どもである自分達を雇ってくれる所は少ない。それどころか、家出少年として親に連絡がいくかも知れない。 生まれてからこの方、キルアとは暗殺術しか習ってこなかった。他の仕事のスキルなどてんで無いのだ。 互いの手に身についたのは人殺しの術だけ。 その事実に今更ながら、自分達が「マトモ」でないことに気付いてしまう。そんな自分達の境遇を、は厭っていなかった。 キルアは違うのだろう。 同じ家に生まれ、共に育った半身でありながら、そこにとキルアの明確な差異があった。 ゾルディック家としては、キルアが持つ差異を容認することは出来ないのかも知れない。それでも、はキルアの己と違う部分こそを好んでいた。 「だからハンター試験受けるっつてんだろ」 「………キルは、ハンターになるつもり?」 本当に? 胸の内だけで呟いた言葉は、声にならない。それをは、だけは言ってはならないような気がした。キルアの全てを影である自身が否定するのは、全存在の否認に等しいのではないか。 自身も、キルアに否定されれば生きていられないのだから。 「んな、アタリマエ。何のためにハンター試験受けるんだよ?」 首を傾げて考え込む。 「………………暇つぶし?」 ハァァァァと、キルアは大きな深い溜め息を吐いた。心底げんなりした表情に、はきゅっと唇を結んで拗ねてみせた。 「まぁ、否定しねーけど。……ハンターなら、荒っぽい仕事も多いらしーし、オレでも出来ると踏んでんだけど」 ハンター。 の知識には表層的なものしかない職業だ。ただし、ブラックリストハンターなる賞金首専門のハンターが存在していることは知っている。その手の人間がゾルデック家には大勢押しかけてくるからだ。もっとも、ハンターを実際に見たことはない。その前に優秀な執事達が片付けてしまうのだ。 キルアと違って、は家を出たいと強く思っていたわけじゃない。正直、どんな職業にも特に興味がなかった。 「ハンターね……」 その辺の賞金首よりは強い自信もある。ハンターという職業は良い選択かも知れない。 「あ」 「なに?」 「ハンター試験の申し込みっ! 明日までだ! オレのはやったけど、のはまだだから……期限過ぎたら一年待つことになる」 「げっ! ちょっと、早く言いなさいよっ! 今すぐ申し込むから。申込書ってどんなの?」 「あー…ちょい待て」 ガサゴソとリュックを漁って、ようやくキルアは目当ての物を見つけた。軽く手首のスナップだけで投げ寄越されたカード型のものが、ハンター試験の申込書だった。 手のひらにある軽い重み。裏表にひっくり返して観察してみる。必要事項を入力する形式の、カード型のものだった。 「これが申込書なんだ。なんか、ふつーね」 「まあな」 難関試験の申込書というわりには、ごくごく普通の代物で拍子抜けだった。カチカチとボタンを操作して必要事項を入力する。16歳以下は保護者の許可が必要なようだが、もちろん許可が貰えるはずもないので適当に入力しておいた。 2007/05/16
そして、ハンター試験へ。 |