目の前で恐怖に引き攣った表情を浮かべる男を見遣り、フェイタンはいつもなら考えられないほど呆気なくその命を終わらせた。 男の心臓を貫いた仕込みの刀を引き抜く。 無造作に一つの命を終焉させたことに何の感情も抱くことなく、フェイタンは事切れた遺体から視線を外した。興味が失せたのだ。 「どーした、今日は優しいじゃねーか?」 日頃の行いを知っているフィンクスが不思議そうに聞いてくるのに答えず、フェイタンはドアへと向かった。 「仕事は終わりのはずね。帰るよ」 「……分かった。一週間後にな」 声に出さず頷く。振り返らなくとも、フィンクスが手を上げるのが分かった。 フェイタンは扉から出ると、階段を下りずに窓へと寄った。23階から見下ろす町並み。日の沈みかけた景色がそこには広がっている。 窓枠に手を付くと、躊躇もなく窓の外へと身を翻した。 ・ 最新鋭の防犯システムが施されたマンションのエントランスホームで、フェイタンは暗証キーを入力した。声紋照合、指紋照合を経て、ようやく入室することが出来る。 もちろんフェイタンならば突破することは可能だが、それには少々荒っぽい手段に訴えることになる。それはフェイタンの本意ではなかった。それに、強引に突破する必要もない。何しろここの一室をフェイタンは購入しており、正当な所有者なのだ。 帰りがけに寄ったスーパーで購入した物が入っている紙袋を抱え、フェイタンはエレベーターへと乗り込んだ。 現在のところ最速を誇るエレベーターは、あっという間に最上階へと着いた。 最上階には、一室しか存在していない。 手馴れた手順でロックを解除し、フェイタンは所有する自宅の一室へと足を踏み入れた。 室内は落ち着いたブラウンで統一され、所々に観葉植物が配置されている居心地の良い空間が作り出されている。ここはフェイタンの自宅というよりは、フェイタンがに与えた家だ。家のインテリアや内装も、の趣味が反映されている。もっとも、一室だけフェイタンの部屋もあり、そこにはは立ち入ることもなくフェイタンが内装を手がけた。 フェイタンの部屋以外は、全ての思う通りにさせた。最初の頃は落ち着かない気分になったが、今ではフェイタンも慣れ、中々居心地が良いとさえ感じる。 「フェイタン様?」 物音に気付いたのだろう。は寝巻きのままリビングルームに入ってきた。 明るい栗色の髪がぐしゃぐしゃになっている。眠っているのを起こされたのだろう、の潤んだ瞳はぼんやりとフェイタンを見詰めた。 声を出すのも辛そうで、頬は真っ赤に上気している。明らかに風邪の症状に、フェイタンは眉を顰めた。 「早いですね。どうされたのですか?」 「仕事早く片付いたね。……そんな事より、ベッドに戻るよ。熱あるみたいね」 フェイタンの言葉に逆らって、はふわふわとした足取りで近づいてきた。 首筋に細い腕が絡む。密着する体温は高く、燃えるように熱かった。 「おかえりなさい」 「ただいまね。……さ、ベッド戻るよ」 こっくりと幼い仕草で頷くのを見て、フェイタンはの華奢な体を抱き上げた。 安心したように溜め息を吐くと、は力を抜いて寄りかかってくる。 ベッドに横たえると、うっすらと目を開けた。熱で潤んだ瞳に誘われ、その唇に唇を重ねる。吐き出される呼気も、絡む舌先も、いつも以上に熱く、フェイタンは自身の欲を煽られるのを感じた。 名残惜しさを感じながら、唇を離す。 熱以外の理由で頬を赤らめたは、忙しなく呼吸を繰り返していた。 「眠っていろ。果物を持ってきてやるね」 「…すみません。ありがとうございます」 微笑むを見詰め続けているのは、フェイタンには目の毒だった。これ以上は手を出すことは出来ないのに、潤んだ瞳で見詰められては堪らない。 の熱が飛び火したのか身の内で育つ熱に、フェイタンは自嘲的な笑みを浮かべた。 2007/08/13
遅れましたが、シリーズラストです! フェイタンが書けてしあわせでした(*^^*) |