珍しく仕事が早く終わったフィンクスは、自宅ではなく、の家へ向かう順路をとった。 今日は遅くなると連絡していたが、急遽予定が変わり―――ひどく珍しいことだが、拷問好きのフェイタンがさっさと相手を殺して最短時間で仕事を終えてしまったからなのだが、とにかく予定が変わったことをに伝えるために携帯を取り出した。 ―――予定変更。早く着く。 ―――ごめん。自分は帰るの遅くなりそう。飲み会抜けらんない。 瞬時に返って来たメールの文面に、ちっと低く舌打ちした。久しぶりにゆっくり会えるのだから、早く会いたいと急く心がある。そんならしくない考えをしていた自分自身への舌打ちだった。 他に予定があるわけでもなく、フィンクスはそのままの家で待つことにした。 ・ の時計から十一時を告げる音楽が流れる。盗んだ缶ビールを空けながら、フィンクスは苛々と手の中の缶を握り締めた。空の容器はあっけなく握り潰されていく。 いい加減、電話をしようかと携帯を手にした次の瞬間。聞き慣れたメールの着信音が鳴る。 ―――終わったよー。今から帰りまーす。 メールを打ち返すのももどかしく、フィンクスは電話をかける。ワンコールで繋がると、通常よりもハイトーンな声が耳朶に届いた。 「いま、何処にいるんだ?」 「駅前のいつもの店だよー」 「いいか、すぐいくから近くのコンビニで待っとけ!」 「えー、大丈夫だよー。自分で帰れ…」 皆まで言わせずに電話を切ると、フィンクスは窓から身を乗り出し、地上に降り立つ。即座に駅の方角へ向け、全力で走り出した。 ・ 10分もしない時間で駅に着いたフィンクスは、すぐに目当ての者を見つけた。 煌々と光るコンビニの中で、女性誌を立ち読みしているスーツ姿の女だ。 フィンクスを見つけると無邪気な笑顔を浮かべて、コンビニを出てきた。 「バカ、こんな時間に一人でうろちょろすんな。殺られんぞ」 「大丈夫だよー」 酒に酔った人間に説教など通じるはずもない。ヘラヘラとしまりのない表情で笑うに、フィンクスは怒鳴り散らしてやりたいのをぐっと堪えた。 「大丈夫じゃねーっつの! 弱いくせによ」 一般人であるは弱い。念を使用するまでもなく、フィンクスならば瞬きよりも速く命を摘み取ることが出来る。 この辺りは治安が良いが、夜道の女の一人歩きが危険なことには変わりは無いのだ。 自分が短気なのは自覚していたが、ここまでコントロールがきかない苛立ちを感じたのは久々で、フィンクスは奥歯を噛む。 己の弱さを自覚しない、目の前の女が苛立たしい。 「フィーン? 怒ったの?」 フィンクスの怒りを感じたのか、窺うように覗き込んでくる。フィンクスに比べれば、恐ろしく脆弱で華奢な肩に髪の毛が揺れていた。 「ごめん。今度から気をつける」 しゅんと落ち込んだ様子に、戸惑う。女子どものあやし方など、フィンクスは知らない。 怒りの落ち着け処が分からず、かといってを宥める方法も分からず、割り切れない自分の感情にフィンクスは舌打ちした。 「フィン、ごーめーんー」 ヒールを履いていても、まだ随分な身長差がある背を伸び上げて、はフィンクスの胸元に手を付いた。 鼻先にふわりと甘いアルコールの香りが漂う。 ピンクベージュに彩られた唇が、ちゅっと小さな音を立てて触れた。 「これで許して。ね?」 普段のからは考えられない行動に、咄嗟に反応出来なかった。 しかも、先程までの苛立ちは霧散している。 微かにピリリと感じた酒精の味すら甘く舌先に蕩ける。 「…っ、バカか! 帰るぞ!」 仏頂面を作り続けることも出来ないほど、盛大に顔が崩れてしまいそうで、それだけは男のプライドにかけて阻止する為にフィンクスは踵を返した。 「は〜い」 能天気な声を出して、が千鳥足で付いて来る。 が付いて来れるペースで、ゆっくりとフィンクスは歩き始めた。 2007/07/29
何気に主人公に振り回されるフィンというのが好きですvv |