「ねぇ、」 「うん?」 いつもの事ながら唐突に訪ねて来たシズクを横に、足の爪に真っ赤なマニキュアを塗っている最中、テレビを観ていたシズクがいつもの通りの調子で声をかけてきた。 だからは、何の警戒もなく片手間の返事をする。 綺麗に整えた爪先に、細心の注意をもってマニキュアをのせていく。ムラなく塗るのは意外にも難しい作業だ。 「はわたしの事が好きなの?」 ―――わたしのことがすきなの? まるで、女子学生のような質問だ。意外な質問に一瞬手先の作業を止めてしまった。 シズクがするには違和感を感じる質問。けれども、シズクが突拍子もない言動をするは日常茶飯事だ。はすぐに気を取り直して作業を再開する。 「まぁね。じゃなきゃ、一緒にいないし」 嫌いな人間やどうでも良い人間と時間を共にするほどはお人好しではない。むしろ、嗜好ははっきりとしているほうだ。 幻影旅団というダークサイドの人間でありながら、綺麗で可愛くシュールなシズク。 何度会っても飽きない相手。形は曖昧だけれども、シズクは紛れも無くにとって特別な人間だった。そうでなければ、自宅を教えてなどやらない。 右足の爪を全て塗り終えて、ふうっと息を吹きかける。今度は左足の親指に、刷毛をのせていく。 「そっか。良かった」 「うん」 「わたし、が好きだよ」 「ありがと」 「これで両思いだね」 「そうね」 「ねぇ、キスしていい?」 「うん」 ・ 「う…ん?」 刷毛を持つ手がギチリと硬直した。 何か、聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする。 (聞き間違い?) だって、そんなこと、あるはずがない。 (きっとそうよね。聞き間違い、聞き間違い…) 何だか気付いてはいけないような気がして、は本能の警告を無視してしまった。先程よりも、更に集中してマニキュアを塗る作業に没頭する。 ―――それを人は現実逃避と呼ぶ。 そして、現実逃避は往々にして良い結果を生み出さないのが真理というもの。 薬指に赤を塗り終えたとき、猫のようにしなやかな動きで間合いを詰めたシズクの顔が至近距離にあった。 染み一つないふっくらとした頬。メガネ越しにも分かる、くるんと上向きの睫毛。不思議な深みを持つ漆黒の瞳。 次の瞬間、全てがゼロになる。 ふわりと唇に押し付けられたやわらかな感触と、女の子特有の甘い香り。 ほんの数瞬で離れた接触は、の思考をめちゃくちゃにする凶悪なキスだった。 「ごちそうさま」 あまり表情の変わらないシズクの、ほんの僅かな笑み。 「んなっ!? ……きゃーっ! はみ出てるっ!!!!」 衝撃にぶれた手元は爪の上をぐちゃぐちゃにしてしまった。 パニックに陥ったは優先順位が分からなくなってしまい、シズクに問い質すより前にリムーバーに手を伸ばす。 冷静にリムーバーを取ったシズクは、に差し出し、マイペースに告げた。 「告白して良かった。これで恋人だね」 違う! と否定するより前に、今度は先よりも長く強引なキスにの言葉は飲み込まれていった。 2007/07/22
シズクちゃんは天然なので相手を振り回しそうです(笑)ヒロインは二十代半ばの、派手めの美女vv |