どうやら方向音痴らしい少女は、クロロが少しその場を離れていた間に姿が見えなくなっていた。
 大方、少し周囲の店を覗いているうちに、夢中になったか、元の場所が分からなくなったのだろう。
 連絡の取れるような代物を渡していなかったことに、クロロは僅かに後悔していた。
 側を離す気などなかったから、携帯電話すら渡していなかった。だが、今日用事があった先に少女を連れていくつもりにはなれず、外で待たせていたのだ。
 どうせ女の、それも一般人の足だ。そう遠くまでは行っていまい。
 幸いこの町の治安は悪くない。時刻もまだ夕暮れには早く、人目も多い。
 犯罪に巻き込まれている確立は低いだろう。
 そう思う傍ら、思考を蝕む苛立ちがある。
 あの少女は、あまりにもこの世界では脆弱だ。簡単に壊れ、汚されてしまう。
 ちりちりと指先を燃やす衝動を抱えながら、クロロは歩いた。
 夕暮れ時。仕事を終えた人びとで賑わう雑踏のなか、すぐに少女の姿は見つかった。華奢な後ろ姿。マチが買い与えた白いノースリーブのワンピースと、漆黒の髪がふわりと舞う。
 しろい少女の腕を、見知らぬ男が握っていた。
 男の腕から逃れようと、少女が抗うも、容易く押さえ込まれる。その度に、さらりと髪が揺れた。

 ―――おのれ以外の者が、あのしろい腕に触れている。

 瞬きよりも速く、常人の眼では決して残像すら感知し得ない速さでクロロは動いた。
 男の腕を薙ぎ払い、少女を抱き寄せる。
 冷たく沸騰する意識でも、血を厭う少女のために手加減をしていた。そうでなければ、男は絶命していただろう。念の使い手でもない男は、クロロからすればあまりにも弱い、命を摘むことに抵抗を感じない相手だった。
 殺せない。それでも、眼に篭る殺気までも止める気はない。

「失せろ」

 声は冷たく、簡潔だった。
 男は凍りついたように動きを止め、次の瞬間、悲鳴を上げて駆け出していった。
 腕のなかで、少女は震えている。
 どちらにだろうか。
 あの男か、それともクロロか。
 クロロには分からない。分かるのは、例えどちらだったにせよ、少女を逃せない己がいるということだけだ。

「離れるな」

 低く抑えた声で耳朶に吹き込む。
 無形の意思が篭った言葉に、少女はこっくりと頷いた。
 身じろぎする少女を離し、腕を見る。強く握られた痕がくっきりと赤く浮かび上がっている。白い肌に、痛々しく鮮やかなそれに、クロロは指先を這わせた。
 怒りと不快が、抑えようもなく増殖する。

(やはり、殺そう)

 クロロ以外の者の痕。
 触れただけではなく痕まで残した。
 2、3日もすれば消えるだろうが、すぐさま消し去れるものでもない。消えるまで、この腕に残り、存在し続けるモノがクロロには許せない。
 少女に触れた者の末路がどうなるか、きちんと知らしめなければならない。
 少女はクロロのものだ。
 しろい腕さえも、他の誰にも、渡すつもりはなかった。

「痛いか?」
「ダイジョ、ブ…イタ、ナイ」

 痛くないはずはないだろうに、少女は頭を横に振る。
 弱いくせに、脆いくせに、虚勢を張る。
 自分自身のためではなく、他者のために。少女の思考は、溜め息が出るほど甘い。こんな生き方をしていては、簡単に搾取されてしまうだろうに。
 やはり、目を離してはいけない。
 弱いくせに警戒心すらない少女は、すぐに誰かに絡まれるだろう。こんなにも弱い存在を、一人にしてしまったクロロにも非がある。この世界に不慣れなままで、一人にすべきではなかった。クロロか、誰か、付けるべきだったのだ。
 もう離れないように、少女の手を掴んだ。
 ちいさな手は、少し汗ばんで冷たかった。簡単に壊れる脆弱な手。腕も、肩も、何もかもが細く、か弱い。
 不思議そうな見上げてくる黒の瞳に、言葉を返さず無言のまま手を引く。
 アジトに戻ったらシャルにでもあの男を探し出させようと考えながら、クロロは雑踏へと歩き出した。





手をつないで






2008/05/19

内容なんてない。クロロは独占欲の塊、ただそれだけです(笑)