机なんだか、書類置き場なんだかわからない状態のデスクに突っ伏して男は静かに寝息を立てていた。 リザにそろそろ休憩を取らせなければと、お茶を運ぶのを頼まれたは、手の中で湯気を立てる2つのティーカップと眠りこけている男をしばし見比べた。 逡巡は僅かの間だった。そろりと音を立てないように接客用のテーブルにティーセットを置くと、声を掛けるより前に書類の山へと近づいていく。 書類の上に顔を伏せて、ロイは完全に熟睡している様子だった。隠してもいないの気配にも何の反応も示さないまま、眠り続けている。 (軍人失格) 手厳しく批評しながらも、はロイを起こさないように細心の注意を払っている。リザが休憩を取れと言ってきたという事は、お茶をするくらいの時間はあるのだろう。長い時間ではないが、取れるのなら休息に充てるべきだ。 ロイがここ三日ほど、殆ど徹夜の状態に近い事をは知っていた。 窓から差し込む西日に、白い頬が青白く透けている。元々色白な男だが、最近はデスクワークが続き日の光に当たることが無いからだろう抜けるような白さだった。目の下にはくっきりと隈が浮かんでいるのが分かる。 ふと、ロイの呼吸の深さが微かに変わった。 起きたか、と思う間も無く手首を乱暴に引き寄せられる。 腕の中に引きずり込まれ、軍服の堅い生地に膝が擦れた。 「んっ……」 くちゅりと水音を立てて、男の舌が我が物顔で進入してくる。粘膜を探る動きに煽られて、は舌先に歯を当てた。 奪い合うような激しさではなく、戯れに長引かせた口付けが快い。 自分からロイの首に腕を回し、小さな追走劇を繰り広げる。 逃げ、追い、掴まえて、絡めて。 厚い生地に覆われても伝わってくる体温は温かい。温もりの心地良さと、性感をゆるく刺激するキスに、はロイに身をすり寄せる。 この男とのキスは好きだ。 余裕を持ったリードで、上手に過ぎない悦びを与えてくれる。 深い口付けを楽しみながらもタイムリミットのギリギリを見極めて、は身を捩った。 「ティータイムは終わり」 息継ぎの合間に囁くと、濡れた音を立てて唇が離れた。 お茶に割く以上の時間が取れないなら、どんなに名残惜しくとも離れるしかない。二人きりで過ごせる私宅ではなく、ドアの向こうには忙しなく働く軍服の群れがある。度を越して立て篭もれば、リザが乗り込んでくるだろう。 「……残念。時間切れ、か」 男の腕が緩む。自由になった身体を床へと下ろすと、は応接セットへと向かった。 あと五分くらいは猶予があるだろうか。 「さっさと飲んで。下げるから」 ロイはわざとらしく溜め息を吐くと、キャスターから立ち上がった。はロイを待たずにソファに座ると、自分のカップを持ち上げる。口にした紅茶はすっかり冷め切っていたが、渇いた咽喉には甘露にも等しい。 「証拠隠滅かね?」 馬鹿な事を聞く男だ。 お茶を出しに行って、何も手をつけていなければ不信に思われるに決まっている。特にリザは絶対に見逃さないだろう―――女の観察眼を舐めて掛かると痛い目をみる。年端もいかない少女に手を出していたと知れたら、危うくなるのはどちらだというのか。 何より、リザに穴だらけにされてしまうに違いない。 向かい合わせに座った男に、は口の端を僅かに上げる。 「得意でしょう?」 人の死さえ不健全な戯言にして、暗にロイの能力を揶揄る。この程度の不謹慎さを持たなければ、大総統の道など遠い。 の言を咎める事も無く、咽喉の奥で、男は笑った。 「……違いない」 2007/10/06
甘いような、甘くないような。 |